ユーもんの日和見

「みなと」でガーンとなったスピッツファンです。

「テレビ」の死生観

スピッツの曲の解釈はネット上でも色んな方がされているので、たまに半目開けて読ませてもらってます。

他の方の解釈に影響されて曲のイメージが固定しちゃったら嫌だなという気持ちと、みなさんがどんな風に聴かれてるのか知りたいという気持ちのせめぎあいで半目(笑)。

でもこれまで色々読ませてもらって思ったことは、「なるほど!」とか「面白い!」とか「自分とはだいぶ違う」とか色々あっても、そのせいで曲の魅力が減ることはないし、スピッツにはそれだけの深みがあるということです。

 

と、前置きはさておき、ファーストアルバム「スピッツ」に収録の「テレビ」。

一見、突飛とも言えるような歌詞が並び、なんのことを歌っているのかさえなかなか掴めない。

私の曲解釈(というほど大層なものでもないですが)は、英語長文読解問題なんかでわかる単語だけ拾い上げてでっち上げた答案のようなものでして。

これは出生の曲かと思って聴いていました。

が、それだけだとなんか辻褄が合わないような気がするし、意味不明なところが多すぎる。

そこでネット上で他の方の歌詞解釈を読ませていただきました。

なんと、お葬式のことを歌っている、と。

正解はもちろんわかりませんが、考えれば考えるほど辻褄が合ってきて、あぁそうかも、と思うと同時に何故かめっちゃ悔しい!!です。笑

で、そのネット上で見つけた解釈を拝借しつつ、自分の解釈とつなぎ合わせてみました。

曲前半はお葬式っぽいけど、後半から場面が変わってやっぱり出生のことになると思うんです。

「小舟に乗って 暗闇の外へ 忍者のように そっと近づいて」

小舟というのが肉体で、胎児に魂が宿って出生へと向かっているイメージ。

で、なんで前半の死から後半の生へと場面が転換するかというと、まぁ例のごとく輪廻なんですけど、ひとつの死生観があると思うんです。

スピッツ本掲載のインタビューで草野さんが「同じ日時に死んだ人がその時に生まれた人に宿る」という死生観について言及しています。

この死生観は草野さん自身のものとは異なるようですが、この観方に則って歌詞を見てみると曲前半と後半がつながると思うんです。

まあ、その死生観だとまるでこの世が無間地獄のようですが...

草野さん提唱「肉体コップ・魂地球帰還説」(ネーミングセンス残念...て私です)のほうが良いです。

 

と、ここまで考えてきて結局、タイトルにまでなっている「テレビ」が何を指すのかすらわからないという...

私のイメージというか妄想では、この世に生まれる直前の人があの世でテレビの画面のようなものを通してこの世を見ている。

だから「世界で最後」っていうのは「あの世で最後」のことなんです。

あれ、またわけわからんくなってきたぞ。笑

 

そのうち逐語的歌詞解釈にも取り組みたいです(ライフワーク?笑)